2016年10月22日土曜日

好きと嫌いは裏返し 『黄金時代』 ルイス・ブニュエル 

ブニュエルという人は、つくづく意地悪な人だと思う。もちろんいい意味でだ。
彼の映画がシュールで掴みどころのないことは、もちろん承知している。だから、僕たち観客はそこに何らかのメッセージのような、裏の意味のようなものを読み取ろうとしてしまう。ほんとうはそんなこと気にせず映画を楽しみたいところなんだけど、どうしても気になってしまうからしょうがない。それで、何となく分かった!と思いかけたとき、また変な、僕たちを裏切るようなショットがひょいっと現れる。僕たちは途方にくれる。その繰り返し。きっと、ブニュエルは、まじめに画面を睨んでいる僕たちを、くすくす笑いながら観ているに違いない。

右翼がスクリーンに向けて爆弾を投げたらしい、この『黄金時代』もそんなブニュエルの奇怪な映画だ。現代の僕が観ていても、この映画大丈夫なんだろうか、と心底心配になったのだから、当時の反響はすさまじいものだったろう。
子供を撃ち、老人を蹴飛ばし、障害者をいたぶり、聖職者を窓から放り投げる。その過剰なまでの掟破りへの執着は、人間の底知れない感情の激しさを僕たちに刻み付ける。宗教的な側面が注目されがちだけど、僕は男女が愛情を確かめ合うシーンにブニュエルの確かな演出力を実感したし、彼のやりたいことは、単なキリスト教批判などではなく、もっと先の、人間という生き物を露骨に描くことにあるのではないかと思った。常識的な観念、固定的なイメージから開放された、本来の人間の姿。ブニュエルは分け隔てなく人間をあつかっている。そこには、聖職者も、ブルジョアも、子供も、大人も区別されない。ある生き物としての、宇宙人が僕たちを分類するような、人間の姿がある。
その姿は、醜くもあり愛しくもある。ブニュエルの宗教への思いは、単なる嫌悪だけではなく、愛情でもあるだろう。あそこまで描けるのは、好きの裏返しだからだと僕は思うのだ。