2022年11月11日金曜日

うずうずチリ・サンティアゴ生活記⑥:『Sobre las nubes』『Notas para una película』『1976』

  サンティアゴは最近暑くなってきたと思ったらやっぱり夜や朝は急に寒くて、なかなか落ち着かない。気持ちの振れ幅が大きいのもそのせい……?時々なんで自分はここにいるんだろうとわけもなく呆然と寂しくなるのは、外国にいるからでしょうか。日本にいても同じか。
 
 それはともかく、このごろ見て面白かった映画について記します。このごろといっても、もう1ヶ月ほど前のバルディビア映画祭の思い出。
 この映画祭で見て一番よかったのはMaria Aparicioのアルゼンチン映画『Sobre las nubes』。2時間半くらいあって見る前は長いなあと思ってたけど、見始めたら面白くて見入ってしまった。グランプリもとった。モノクロのブエノスアイレスの街中でおこる群像劇で、よくある群像劇みたいにキャラクターが交差して物語が生まれるとかではなく、労働者やブルジョアのひとりひとりの細やかな日々の機微をしっかりかつ詩的に映していた。『ウンベルトD』をもう少し軽やかにした感じの、刻々と過ぎていくけど見てると大事に思える、味わい深い時間が流れていた。カウリスマキっぽいと思って、あとでインタビューを読んだら、監督はパンデミックのあいだずっとカウリスマキを見ていたらしい。無表情で淡々としていて、暖かくユーモラスな偶然性がある。この映画は日本でも上映があったらいいな。

 あとはイグナシオ・アグエロの新作『Notas para una película』は、これまでのアグエロ映画の路線(監督自身のカメラ前への登場、突然の中断など)をふまえつつ、ラウル・ルイスやゴダール要素も満載だった。チリ南部、マプーチェの土地であるアラウカニアにはじめて鉄道を敷いた西洋人についての自伝的映画だけれど、当然一筋縄ではいかなくて、いきなり現代日本の新幹線の映像が出てきてびっくりした。あれがわかった人は会場に何人いたんだろうか。誰かの自伝を映画にすることについての反省的アプローチが隅々まであった。映画自体も面白かったけど、アグエロは舞台挨拶が天才的にうまくて、会場は大盛り上がり。上映後のQAも質問に答えているようで答えていない、けれどだれもまったく悪い気にはならないという絶妙な調子だった。

 最近だと、東京国際映画祭で上映された『1976』もシネコンで見た。カメラの焦点と音楽、美術が癖になるような独特さで、サスペンスフル。反政府の若者をブルジョア女性が介護する話だけど、その若者があまりカメラの中心にいないのがおもしろい。ねっとりしていて、でもどこか底のぬけた孤独や恐ろしさがあって、あの時代の女性の感覚をこういうふうに描けるのは新しいと思った。プロデューサーがドミンガ・ソトマジョルで、チリの女性作家はあの時代を大局的な視点ではない個人の視点からフィクションで語り直そうとしている印象がある。監督は『マチュカ』のあのミルクの女の子のイメージが強いが、役者として活動しながら米国の大学で映画制作を学んでいたみたい。

 来週はチリ最強のシネフィル映画祭らしい、フロンテラ・スール映画祭に行ってみようと思います。論文も書かなきゃ……