2023年7月1日土曜日

うずうずチリ・サンティアゴ生活記⑨:近況、「私たちは痕跡だ」

  気づいたら最後にブログを更新したのが1月になっていた。もう7月なので、サンティアゴにいられるのもあと2ヶ月もない。博士論文を書くための調査に来ていて、だいたいの方向性と書く内容が固まったのはよいけど、ここのところあまり調査そのものは進んでない気がする。6月は高熱が一週間ほど続いて(インフルエンザらしかった)、そのあと大雨でうちが停電しているなかホテルに駆け込んで日本との夜通しのzoom会議を二日続けてやったらまた熱が出たりしてかなりきつかったが、ここからは少し頭を切り替えて、できるだけ本を読んだり映画を見たり、人と会っていきたい。

 これまで何度も書いているけれど今年はクーデターから50年目なので、あちこちでそれにちなんだイベントが行われている。この前、6月29日は50年前のクーデター未遂についての上映会がチリのシネマテークで行われた。『チリの闘い』を見たことがある人なら覚えていると思うが、第2部と第3部で映される、カメラマンのレオナルド・ヘンリクセンが自らの死を記録した映像をめぐる証言ドキュメンタリーと、当時のニュース映画の上映があった。カメラに向けて兵士が発砲し、やがて撮影者の身体とともに崩れ落ちていくあの映像は一度見たら忘れられない。イベントでは、当時の現場にたまたま居合わせた録音技師と、一連の事件について当時ニュース映画を作った人のお話があった。特に後者のニュース映画はよくできていて、あまり準備する時間もなかったろうにさまざまな角度からの記録映像がつなぎあわされ、かつ直線的な編集ではなく軍部を批判するようなコラージュ(ナチスの映像をつなげたり)もきかせている。使われている音楽や編集の仕方が、あきらかにサンティアゴ・アルバレスのニューズリールを意識していて、やはり彼の影響は大きかったのだと思った。それにもましてすごかったのは、上映後のお話でニュース映画の監督が当時の撮影状況をたいへんスリリングに詳細に話していたことだった。どこに立っていたか、誰からカメラを渡されたか、といった一刻一刻を細かく早口で述べていって、こんなに覚えていられるのかと驚いた。

 ヘンリクセンの映像をよく見ると、彼に向かって撃った兵士は3人いた。誰の弾が当たったのかはわからないが、ヘンリクセンが一人目が撃ったあとも記録を続けようとしたことはたしかだ。兵士全員、撃つまでの動作がスムーズというか「とりあえず撃っとくか」みたいにさりげなくて、それが怖かった。

 GAMという大きな演劇、アートスペース(https://gam.cl/)はクーデター50年目の一連の取り組みのキャッチコピーを「私たちは痕跡だ」(Somos huellas)としている。いい言葉だと思った。

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