2022年10月5日水曜日

うずうずチリ・サンティアゴ生活記④ チリのサーカス、『空が赤い』

  9月17日から23日まで。
 9月18日はチリの独立記念日で、前後4日間ほど休みになる。年末年始と同じか、それ以上に大きなお祝いの期間で、みんな楽しそう。家族で旅行に行ったり、家でパーティーをする人が多いけど、私はとくにすることがなく、17日にオイギンス公園で開催されていたフェリア(お祭り)にひとりで行った。
 公園のなかでは巨大なステージでライブがあったり、たくさんの屋台が出ていたが、私の目当てはサーカス。一度でいいからこちらのサーカスを見たいと思っていたので、これを目指して公園に行くと、当日券を求める人で超大行列ができていた。予約しておいてよかった。
 サーカスはシンプルだった。ライオンとかバイクとか空中ブランコのような大がかりなものはないけど、進行役のピエロのような人がうまく笑いを誘いながら、男女が次々技を披露する。ときどき失敗していたのも微笑ましい。入場のときは庶民的な少しボロい服で出てきた彼らが、裏できらびやかな服に着替えてからステージに出て観客を魅了し、退場するときはまた庶民の格好に戻って、客席に手を振りながら帰っていく。オルガンの音が響いていてどこか切ない。ホドロフスキーの映画を思い出した。という話を後日知り合いのチリ人にしたら、『サンタ・サングレ』の主役、アクセル・ホドロフスキー(監督の息子)が今年9月15日に亡くなったと知らされる。ホドロフスキーの映画のなかで『サンタ・サングレ』はけして嫌いになれない作品だった。
 サーカスの途中で写真を撮ろうと携帯を構えたとき、自分がまわりから浮いているなと意識した。カメラによって自分だけその場から離れている感覚。ちょっと居心地が悪いのは撮ることに慣れていないからだろうか。大勢の人が一体となっているデモなどを撮るときも、こういう疎外感はあるのだろうか。

 最近見た映画でいいなと思ったのは、チリの若手監督Francina Carbonellのデビュー作である『空が赤い』(El cielo está rojo)。2010年にチリの刑務所でおこり多数の死傷者を出した火事について、刑務所のなかの映像や裁判記録文書、監視カメラの映像など様々なアーカイブ素材を組みあわせながら再構成していく。この火事が単なる火事ではなく、どれほど歪な社会構造によっておこされた事件であるかを、人の痛みに触れながら、かといってそれを見世物的に晒すことなく、構造に回収させてしまうのでなく、つねにそこにあった恐怖とひとりひとりの生命と対話しながら映像にしていく過程がよい。完成まで相当な時間をかけたらしいが、これがデビュー作かと驚くほど重厚な作品だった。前に山形国際ドキュメンタリー映画祭で賞をとったチリの映画『十字架』もそうであるけど、冷たい記録的なアーカイブ素材からどのように映画をひきだしてくるかについて、チリのドキュメンタリーは相当進んでいる。乱暴にまとめてしまうが、私が見てきた日本のドキュメンタリーはセルフ・ドキュメンタリー、またはシネマ・ヴェリテ的な臨場感や素朴さに軸を置いている作品が多すぎて、綿密な調査をもとにした、ある種フィクション的な強い構成・語りをもったドキュメンタリーが少ない気がする。テロップの出し方や被写体との距離、音と映像の分離・接合など、ドキュメンタリーの手法はこちらではかなり多様なので、学んできたいと思う。

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