ー2022年9月2日から2022年9月8日まで、その①ー
2022年9月9日金曜日
うずうずチリ・サンティアゴ生活記 ①
2022年1月11日火曜日
2021年の活動まとめ
【書いたもの】
・「証言映画としての『チリの闘い』――闘争の記憶を継承するために 」(映像学 106号)
・「破壊のあとの闘いーパトリシオ・グスマンとチリ映画史 」(『夢のアンデス』パンフレット)
・「孤独から現実を見つめる パトリシオ・グスマン監督インタビュー 」(キネマ旬報2021年10月下旬号)
・「映画からペルーを知る/ペルーから映画を知る」(キネマ旬報2021年12月上旬号 )
・「それでもふたりでいること――『死が訪れ、君の目をさらっていく』 」(ゆにここ プライド特集エッセイ)
・「歴史の再上映に立ち会う」(総合文化研究 (Trans-Cultural Studies) (24) )
【口頭発表したもの】
・「拡散する痕跡、収縮する記憶—チリにおける『記憶の場』の映画的表象をめぐって 」(第42回日本ラテンアメリカ学会定期大会)
・「『マタインディオス』トーク」(ペルー映画祭 2021年12月10日)
【字幕翻訳したもの】
・『アンデス、ふたりぼっち』
・『フロンテラ・アスール』(U-NEXTで配信中)
・『アンデスを織る女性たち』(U-NEXTで配信中)
・『オールド・タウン 憎しみの銃弾』(U-NEXTで配信中)
・『ロック・ボトム・ライザー』(イメージ・フォーラム・フェスティバル)
・『いのち播く女たち – 母たちの大地』(第8回グリーンイメージ国際環境映像祭 グリーンイメージ大賞)
【その他イベントなど】
・ぴあフィルムフェスティバルのセレクションメンバー(4回目)
・『ふゆうするさかいめ』トーク(住本尚子監督と、12月)
・スペイン語圏映画研究会sol@s(キノコヤにて)
2021年は査読論文を1つ出せたのと、パトリシオ・グスマン関係でいろいろと仕事をできたのがよかった。字幕もいくつかできた。一番がんばったのは黒川さんの映画。公開がとても楽しみ。2022年は留学準備と、それまでに論文を1つか2つは書きたい。
2021年10月18日月曜日
『ふゆうするさかいめ』住本尚子
これはすでに監督本人や他の人が指摘していることだと思うけれど、この映画に出てくる人たちは劇中でそんなにずっと眠っているわけではない。ねむくてねむくてたまらないはずのマリノは、たとえパジャマのままであろうとも、朝になると喫茶店に出勤する。横たわる彼女の姿と同じくらい、街をゆくシーンの気怠そうだけどたしかな彼女の歩みが印象に残っている。営業に向いてなさそうなマモルや、つかみどころのない明るさがあるミノリにしても、日々働いて、生活を組み立てようとしている。
でも、彼らの体の奥のほうには得体の知れないなにかがつねに眠っている気配がある。それは記憶や感情といった曖昧で捉えようのないものたちだ。過去から溜まってきたそれらの堆積物は、ときおり目に見えるサインとして表に出てくる。マリノにできた赤黒い床ずれ、マリノがはじめてマモルを意識したとき彼の背中にみた蠢めく皺、ミノリが領収書の切れ端に書かれた数字の0にみとめたマリノの筆跡、そしてマリノの目に映る「残像」としての両親の影。夢のようなふわふわしたイメージとしてよりも、より物理的で触覚的、ときに聴覚的な痕跡として、それらは現れる。マリノたちは今を生きながらずっと過去を背負っていて、それゆえ自分や他人が残していく標に敏感に気づき、引き寄せられてしまうのかもしれない。
人の記憶というのはやっかいだ。思い出したい記憶を浮かべ、そうでない記憶を沈めようとしても、なかなかうまくいかない。私の場合、夢でみる過去の記憶は後味の悪いものが多く、だからその日みた夢はすぐに忘れてしまうか、覚えていてもあまり人に話せない。感情にしたってすべてコントロールはできないから、なかったことにしてやり過ごすこともしてきた。日々を生きていくためにはいったん忘れておかないといけないことがたくさんある。マリノも公園の砂場に携帯電話としての過去を埋め続けることでこれまでなんとかやってきたのだろう。
その均衡は、それぞれの記憶や感情が掘り起こされて触れあうことで危うくなる。マリノの過去に迫ろうとすることで、ミノリとマモルの関係はだんだん不安定なものになっていくようにみえる。マリノも彼らに出会うことで、体に眠っていた記憶が目を覚まして勝手に動きだすように、ダンスをしたり、残像が見えたりするようになる。
記憶が触れあう、と書いたけれど、この映画は、誰かの記憶とほかの誰かの記憶を簡単にひとつに溶け合わせたりはしない。「ふゆうするさかいめ」というタイトルだし、次になにがおこるかわからない映画だから、ここではいろいろな境目がなくなってしまうのだと思いたくなるが、各々の「記憶の境目」はたしかにある。ミノリが「私にとってはマリノと過ごしたすべてが大切」と告げても、いまのマリノはよく覚えてないし素直にそう思えないだろう。マモルがふたりの出会いの記憶を鮮明に覚えているつもりでも、「それはあなたの記憶でしょ」と言われてしまうだろう。
川上弘美に「境目」というタイトルのエッセイがある。境目を引くことはときに困難なものを呼び寄せるかもしれないが、それでも、たとえば季節がそうであるように、「みんな一緒」ではなくそれぞれの存在を慈しむためにも境目は悪くないものなのだそうだ。昨日と今日、忘れたいことと覚えておきたいこと、私の記憶とあなたの記憶。それらに区別をつけることで、私たちは自らの生を守っている。
でも、『ふゆうするさかいめ』はそれらの境目が永久不変ではないことを示してくれる。境目は消えるのではなくて、そこにまだあるけどあり方や捉え方が変わっていくものではないか。あなただけの記憶と思っていたものが、いつかわたしにもわかるかもしれない。忘れたいと思っていたことを、思い出してもいいと思えるようになるかもしれない。親に習わされたダンスを、自分のものとして友達と踊りたくなるかもしれない。ミノリがマリノの家で見たものがマリノが見ているそれとは厳密にはちがってもなんとかなっているように、ふたりのあいだに境目はあってもいっとき心を通わせることはできる。
この映画は境目をむりやり溶解させるのではなく、自然な変化にまかせている。忘れたいことはそのまま忘れて生きてもいいのだと優しく肯定してくれる。でも同時に、ある記憶をどうしても忘れられないこともまた、肯定してくれているように思う。それがつらい記憶であっても、身について忘れられないものはしょうがないし、私たちはなんとかそれと一緒にいるしかない。裂かれた布団から舞う羽毛を頭や服にくっつけながら、階段を降りてそれぞれの場所へ進むマリノたちを見てそう思った。布団につまった羽毛は、ままならない記憶の残滓だったのだろうか。かつてあったあらゆる記憶は、それが良いか悪いかにかかわらず、私たちを構成する一部だ。
小学校の校庭で並んで横たわる3人の姿は切ないけれどすがすがしい。劇的に変わったものなどないが、ここからはじめることができるかもしれないと少しでも思えることが大事だ。これから忘れてもいいし覚えていてもいい。その線引きは絶対ではない。忘れてしまった記憶の痕跡や、忘れられない記憶を抱えた体を引きずって今を歩む私たちを、この映画はそっと包んでおくりだしてくれる。
2021年10月1日金曜日
Rosario Bléfari "Estaciones" : ロサリオ・ブレファリ「季節」試訳
demasiado cerca de la mia
decímelo otra vez
no entendí nada
me distraen sin remedio
tus labios que se abren
y se cierran
y se abren y no hay nada mas
próxima estación: verano
apago la alarma de nuevo
subo la luz para verte
demasiado lejos
me parece que puedo seguir
si me equivoque, mejor o peor
quién tiene acaso todo asegurado
un tatuaje equivocado
borrarlo duele
es complicado
no me curo si no aguanto
hasta que despierte en otro lado
(un tatuaje equivocado)
próxima estación:
(borrarlo duele, es complicado...)
2021年7月24日土曜日
スペイン語圏映画研究会「sol@s」
現在、月に1回くらいのペースでスペイン語圏(ラテンアメリカやスペイン)の映画を見てお話する会「sol@s」(「ソロス・ソラス」とよみます)を、東京の西側で開いています。日本で公開されていないマイナーだけど大事な作品を全員で見て、その後担当者が解説をして皆で感想を言い合うという形をとっています。このブログを見ていて参加したいという珍しい方がもしいましたら、ご連絡ください。この状況下なのでなかなか大勢では集まれませんが、こじんまりと続けていきたいと思います。
2021年6月7日月曜日
石田智哉『へんしんっ!』(オープン上映)を観て
2021年1月7日木曜日
2020年の活動まとめ
【 2020年に書いたもの】
・修士論文「キューバ映画の公共圏ー1960年代を中心に」
・『タゴール・ソングス』作品評(映画パンフレット)
・『アボカドの固さ』作品評(映画パンフレット)
・『眠る虫』作品評(web)https://www.nobodymag.com/journal/archives/2020/0904_1301.php
・「われ発見せり」『ユリイカ』2020年12月号
【2020年に発表したもの】
・科研研究会 社会主義文化のグローバルな伝播と越境「1960年代キューバ映画と社会主義圏の交流」(2月)
・日本ラテンアメリカ学会東日本研究部会「チリにおける『サード・シネマ』の展開」(12月)
【その他イベントなど】
・ぴあフィルムフェスティバルのセレクションメンバー(3回目)
・『タゴール・ソングス』トーク登壇(佐々木監督と、6月)
・キノコヤ『エル・スール』上映会トーク登壇(遠山純生さん、三宅隆司さんと、12月)
2021年こそは査読論文を通したい。そのためにはもっと勉強時間を増やさないといけない。あとは上映会をやりたい。字幕もやりたい。1日1日を大切にしよう。